蘇我の街に派遣された福音主義の千葉南教会

今日の聖句 2018年3月

2018/03/01

だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。(ヤコブ1・21)

2018/03/02

御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。(ヤコブ1・22)

2018/03/03

あなたがたは、自分たちの中で差別をし、誤った考えに基づいて判断を下したことになるのではありませんか。(ヤコブ2・4)

2018/03/04

わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(マルコ8・34) 


2018/03/05

同じように、舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。御覧なさい。どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。(ヤコブ3・5)

2018/03/06

しかし、あなたがたは、内心ねたみ深く利己的であるなら、自慢したり、真理に逆らってうそをついたりしてはなりません。(ヤコブ3・14)

2018/03/07

願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。(ヤコブ4・3)

2018/03/08 

律法を定め、裁きを行う方は、おひとりだけです。この方が、救うことも滅ぼすこともおできになるのです。隣人を裁くあなたは、いったい何者なのですか。(ヤコブ4・12)


2018/03/09

 兄弟たち、裁きを受けないようにするためには、互いに不平を言わぬことです。裁く方が戸口に立っておられます。(ヤコブ5・9)

2018/03/10

あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。(ヤコブ5・13)

2018/03/11

すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」(マルコ9・7)

2018/03/12

あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。(一ペトロ1・8)


2018/03/12

「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」(ペトロ1・24、25)

2018/03/13

「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。(一ペトロ1・24、25)

2018/03/14

あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。(一ペトロ3・3)

2018/03/15

「命を愛し、幸せな日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、 悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ。(一ペトロ3・10、11)


2018/03/16

この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。(一ペトロ3・21)

2018/03/17

同じように、若い人たち、長老に従いなさい。皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる」からです。(一ペトロ5・5)

2018/03/18

人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。(マルコ10・45)

2018/03/19

思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。(一ペトロ5・7)


2018/03/20

主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです。(二ペトロ1・3)

2018/03/21

何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。(二ペトロ1・20)

2018/03/22

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。(二ペトロ3・8)

2018/03/23

ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。(二ペトロ3・9)

 


2018/03/24

自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。(一ヨハネ1・8、9)

2018/03/25

「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」(マルコ11・9、10)

2018/03/26

罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。(一ヨハネ1・10)

2018/03/27

すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、御父から出ないで、世から出るからです。 世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます。(一ヨハネ2・16、17)


2018/03/28

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。(一ヨハネ4・10)

2018/03/29

わたしが書くのは新しい掟ではなく、初めからわたしたちが持っていた掟、つまり互いに愛し合うということです。愛とは、御父の掟に従って歩むことであり、この掟とは、あなたがたが初めから聞いていたように、愛に歩むことです。(二ヨハネ1・5、6)

2018/03/30

愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。善を行う者は神に属する人であり、悪を行う者は、神を見たことのない人です。(三ヨハネ1・11)

2018/03/31

愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。(ユダ1・20)