蘇我の街に派遣された福音主義の千葉南教会

今日の聖句 2017年11月

2017/11/01

ハレルヤ。わたしの魂よ、主を賛美せよ。命のある限り、わたしは主を賛美し/長らえる限り/わたしの神にほめ歌をうたおう。(詩146・1,2)

2017/11/02

主が望まれるのは主を畏れる人/主の慈しみを待ち望む人。(詩147・1)

2017/11/03

主は御自分の民を喜び/貧しい人を救いの輝きで装われる。主の慈しみに生きる人は栄光に輝き、喜び勇み/伏していても喜びの声をあげる。(詩149・4,5)

2017/11/04

ハレルヤ。聖所で神を賛美せよ。大空の砦で神を賛美せよ。力強い御業のゆえに神を賛美せよ。大きな御力のゆえに神を賛美せよ。(詩150・1,2)


2017/11/05

イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。(一テサ4・14)

 

2017/11/06

わたしたちはいつも心強いのですが、体を住みかとしているかぎり、主から離れていることも知っています。目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。(ニコリ5・6、7)

2017/11/07

神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。(二コリ5・19)

2017/11/08

悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。(ニコリ6・10)


2017/11/09

進んで行う気持があれば、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。(二コリ8・12)

2017/11/10

わたしたちは、主の前だけではなく、人の前でも公明正大にふるまうように心がけています。(二コリ 8・21)

2017/11/11

各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。(ニコリ9・7)

2011/11/12

アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。

(創世記15・6)


2017/11/13

神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。(ニコリ9・8)

2017/11/14

「誇る者は主を誇れ。」自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです。(二コリ10・17、18)

 2017/11/15

だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。(二コリ11・29)

2017/11/16

彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。(ニコリ12・4、5)


2017/11/17

すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(ニコリ12・9)

2017/11/18

信仰を持って生きているかどうか自分を反省し、自分を吟味しなさい。あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。イエス・キリストがあなたがたの内におられることが。あなたがたが失格者なら別ですが……。(ニコリ13・5)

2017/11/19

わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる。(出エジプト6・7)

2017/11/20

こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。(ガラテヤ1・10)


2017/11/21

人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。(ガラテヤ2・16)

2017/11/22

生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。(ガラテヤ2・20)

2017/11/23

霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。(ガラテヤ5・22、23)

2017/11/24

今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。(ガラテヤ6・10)


2017/11/25

このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。(ガラテヤ6・14)

2017/11/26

人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。

(サムエル上16・7)

2017/11/27

わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。(エフェソ1・2)

2017/11/28

わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。(エフェソ2・10)


2017/11/29

わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。(エフェソ3・12)

2017/11/30

一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。(エフェソ4・2)